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「風の谷のナウシカ」を見て、見方が年を取るにつれて変わってきていることに気づいた

映画
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先日、テレビで「風の谷のナウシカ」がやっていて、もう何度目になるかわかりませんが録画して見ました。

何度見ても、面白いから見ているというのが一番なんですが、見るたびに目をつける所や感じることが変わるのが面白い。

それこそ初めて見た小学生の頃は、完全にナウシカと同じ目線で見ているような感じでしたが、僕も一年一年歳を取り、色々な体験をしたり、組織の論理で動いたりすることを経て、見方が変わってきたようです。

そんな見方が変わってきた件について、書いてみたいと思います。

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年齢を重ねるにつれて、敵や側近の人達にも思いを馳せるように

感じることが年齢を重ねるにつれて変化していくことに気づいたのは、いつだったかわからないけど、明らかに社会人になってからは見方が変化してきたように感じます。

社会人になりたての頃は、自分が組織で動くことに打ちのめされていたせいか、「ナウシカのやっていることは理想的だけど、これでは周りの側近の皆さんは気を揉むだろうな・・・」と側近のミトの気苦労を思う訳です。

小さい頃は悪の権化にしか見えなかった、トルメキア帝国も「まぁこんな考え方もあるよな」と思って見るように。腐海に寄り添って生きる考えがあれば、巨神兵の力で腐海を焼き払って巨神兵と共に生きるという考え方もあるよなぁと思うように。

参謀のクロトワが将軍クシャナが行方不明と知った時に「やっと巡ってきた幸運か?それとも破滅の罠か」とニヤリとしたのは、小さい頃は「仲間の事を心配する前に、出世のことか!なんて悪い奴だ!」と理解出来ませんでしたが、大人になって見ると「彼は平民出だから出世するにはこういうのがチャンスになるんだよな・・・」と理解出来るように。

そして、侵略された報復に蟲を使って反撃するという作戦で巨神兵を取り返すべくトルメキアに挑むペジテ市長。

ひどい作戦を思いつくものだ・・・と小さい頃は憤りまくりでしたが、大人になって、人生で一番僕がやさぐれていた時期に見たタイミングで思った感想は、「ある意味、コスト最小で最大の戦果を挙げる兵器に蟲はなりうるのか・・・」と思ったこともありました。

大ババ様の「運命を受け入れる」という姿勢や発言が、消極的に見えた時もありました。なんかこう、「足掻いて足搔いて、最後まで足掻こうよ!!」と感じた時もありましたが、最近の僕は「運命を受け入れる」という言葉や考えがしっくりくることが増えてきました。

こんな感じで、自分の状況や、その時の考えによって随分と感じることは変わっていくようです。

そして現在は、理想を追いかけるナウシカに共感する部分が多くあります。

多分、趣味のランニングで自然の中に入っていくことが増えて、自然の素晴らしさや雄大さ、植物や生物が多様に存在していくことで生態系が成り立っているというのを自分なりに見て感じたからかなと思っております。

後は、生きていく中で色々なしがらみが増えてきました。組織のしがらみやその他諸々。

そのしがらみを、「仕方ないよね」とまるで運命のように受け入れていくような考えもありつつも、その運命に流されつつも、航路(自分のこうありたいと思う姿)を常に見定めているにはナウシカのような強い意志で持つ理想も大切だよねと最近は思うのです。

「風の谷のナウシカ」に限らず、同じ作品を見るのは楽しい

自分の感じることや考えが変遷していることに気づけるのも、映画や本を見る楽しみのひとつだと思っており、「同じものを何度も見て楽しいの?」と聞かれることもありますが、作品を楽しみながら、作品を通して自分の心や頭の中を旅するような感覚もあるので、僕の答えは、何度見ても面白いというのが答えです。

これからも、色々な映画や本を読んで楽しんでいきたい。

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