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2026年館山若潮マラソンのゼッケン等届く&前回の大敗退の悔しさの理由が一年経ってようやく見えてきた話

館山若潮マラソン
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先日、すげえ強風の中の通勤ランから帰宅したら、館山若潮マラソンのゼッケン等が届いていた。

前回の館山若潮マラソン。一言で言えば大敗退だった。

それは、大会を楽しめなかったこと、そしてタイムもここ数年で最も低調であったこと、早々に歩いてしまったこと。

それらが挙げられる。当時書いた大会完走記もなかなか厳しい感じだ。

まぁ言い訳すると、当時は家庭問題で本当に苦しかった。精神的にそれどころじゃなかった。

でも、なんか走りたいのは事実だった。だから出走したことは後悔していない。

今思うのは、走るのは良かったけどタイム云々言える状態ではなかったということだろう。

それは表面的な悔しさの話で、一年経って当時を振り返りつつ思う事は、「野辺山ウルトラマラソンをゴール出来る走力を維持したい」ということが脅かされていることと、「日々鍛えてきたつもりだった思考の鍛錬もまだまだ未熟だった」ということが明らかになったから、というのが表面的な悔しさの奥の悔しさだったのかなと思う。

まず一つ目の「野辺山ウルトラマラソンをゴール出来る走力を維持したい」は、

僕の中でフルマラソン4時間切りがひとつ基準となってくると思っていて。僕の場合距離が伸びれば伸びるほど失速する傾向が強いので、特にある程度のスピードは大切だと思っている。

その基準としていた4時間切りギリギリとなってしまったこと。

そして、年齢云々ではないけど、50代中盤位までは野辺山ウルトラマラソンを完走出来る体力を持っていたいと思っている。当時は40代中盤。いくらなんでも早すぎるだろと。

野辺山ウルトラマラソンは、多分僕の人生を変えた大会だ。理由は良くわかなないけど、とにかく毎年チャレンジしたいと突き動かされる。

多分、あの大会に出ていなかったら、ここまで走ることをやっていないし、もしかしたら別の趣味をやっていたかもしれない。

それくらい、毎年走りに行きたい。

そう願っていても、加齢は残酷だ。年齢を重ねていく中で体力は落ちていくだろうし、その中でいつかは卒業を決めないといけないと思っている。

それでも、今ではないだろうと。そして、そのきっかけがあのクソみたいな家庭問題がきっかけなんて悲しすぎるだろと。

そしてもう一つの、「日々鍛えてきたつもりだった思考の鍛錬もまだまだ未熟だった」ということ。色々思考の鍛錬については書き出すとすごい文字数になりそうなんだけど、一言で言えば「自分でコントロール出来ることと出来ないことを区別し、コントロール出来ることに集中し、コントロール出来ないことに執着しない。」ということ。

コントロール出来ないことに執着し、反応するから苦しいのだと。

もう本当、世の中コントロール出来ないことだらけ。それにいちいち反応してたら持ちませんて。実際20代の頃に破綻したこともあるし。

そんなことを考えて、ずっと積み重ねている思考の鍛錬も、今回の家庭問題で脆くも崩れ去ってしまったなと。

それが悔しくて仕方がなかったんだなぁと思う。

そんな感じで、ようやく一年前の悔しさの正体が見えてきた。

そして一年後の僕はというと、相変わらずその悔しかった2つのことを取り組みまくっている。

走力については、スピード強化だったり、ジョグの量を増やしたり、峠道を走る頻度を増やしたりと取り組んでいるのと、走ることに繋がるかはわからないけど、体力強化の一環として筋トレを細々と始めた(腹筋ローラー、腕立て伏せ、スクワットを各30回を毎日)。筋トレも今の所昨年の10月あたりから毎日継続出来ている。

思考の鍛錬は、終わりがないように思う。これは人生が終わるまでの繰り返しになると思うけど、これまでと同様に、日々意識して、定期的にそういったことが書かれた本を読んでやっていこうと思う。とにかく反応しない、執着しない、ポジティブな意味で「どうでもいい」と思う事も大切かと。もちろん自分でコントロール出来ることをやった上でですが。

今回の館山若潮マラソン、どんな感じになるのか。今から楽しみ。

目標タイムは設定せず、呼吸の感覚で「この日42km走れそうな上限のペース」を狙って走って行くつもり。前回は色々キツすぎて、全然景色とか大会の雰囲気を楽しめなかった。今回はそういう余裕も持って走りたいと思う。

大会まであと二週間を切った。

元気にスタートラインに立てるように、準備していきたいと思います。

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