5/8(金)。仕事休みの日ですが、この日も完全休養。
日常生活で動く分には違和感はほぼなくなった。
あとわずかに残るのは、時々足首や脛が突っ張るような感じが出ること。フォームローラーやストレッチ、手でほぐすと突っ張りは消えるので、そこまで大きな問題ではないのかな。どうなんだろう。
日常生活をする分には「割と動くようだ・・・悪くない」と言えるんだけど、走ったらどうなのか。
正直試しに走ってみたい気持ちは5/4(月)位からムクムク出てきていたけど、とにかく回復を優先させた。
ウォーキングで確認したい欲も出てきたけど、これも止めた。
もう今何を確認したとて、野辺山の完走確率は変わらないからだ。
むしろ完走確率が上がるのは、休養して患部を少しでもいい状態に持って行くことだと考えている。
時々出る違和感も消えたら、もう完全回復と言ってもいいかもしれない。
そんな状況なので、いつも通り早起きしてもやたらと時間が余る余る。
やたらと余る時間は、のんびり過ごせる贅沢な時間ということで過ごしました。
日課の筋トレと掃除をやって、録画してたものを見たり、読書したり。

この日読んだのは服部文祥さんの本。
登山は夏に景色を楽しむのと足腰の鍛錬の為に塔ノ岳とか丹沢山、大山に行く程度ですが、最近は登山の方の本を読むことが増えています。
内容が登山に絡めつつも、「どう生きていくか」「文明社会との折り合いについて」「これまで触れてきた本や思想」などなど色々書かれていて、それがすごく面白い。
最近何故か中二病を再発したのか、どう生きていくかとか、そういうことを考えることが多い。
走ることについても、先日何の為にそこまでの距離を走るのか?と聞かれて困ってしまった。
僕より速い人もごまんといるし、長い距離を走れる人もごまんといる。
タイムとか、これだけの距離を走ったとかを誰かと競いたいという気持ちはあまりない(「あまりない」と書いたのは、全くないわけではないような気がするから。本当にないなら、大会に出ないのではと思う)。
元々10kmレースでも疲れ果てて歩き、初フルマラソンも動けなくなってリタイアした人間が、継続してトレーニングしていたら、ある程度は走れるようになった。その過程が面白い。
今も、自分の調べたトレーニング方法やケアなど色々試して体を作っていって、大会の時にどこまでそれが通用するかを試すのも面白い。
ここ最近は故障してしまって、来週の野辺山ウルトラマラソンも出走出来るか、完走出来るかが怪しい所にあるけれど、休養すると体はしっかり反応して、回復していくのを体験するのも面白い。
出れるか、出れないか、出たとして、それは無茶なんじゃないか、いやでもバカやる愚行権の行使だろここは・・・とか、色々逡巡するのも面白い。
こんな日々で生きている実感みたいなのを味わえるのがいいのかな。
そんな感じでのんびりと過ごした休日。
野辺山ウルトラマラソンに出れるかどうかの最終テストは5/10(日)。
出走を決めたとしても、そこから当日まではノーラン。
ノーランの根拠は、
- 本来、故障明けであれば、短い距離から一日置きに歩きと走りを混ぜつつ土台を作り直していかないとダメだと考えている点
- いきなり故障明けで100kmを走るというおバカをやろうとしている点
- 少しでも完走確率を上げたい
土台作りをすっ飛ばしておバカをやるので、少しでも完走確率を上げるには、走らないで患部を治した方が良いと思う。
今、違和感がないとはいえ、奥の方ではまだ修復がされているはず。
当然100km走れば、その奥の方の修復しているエリアに何かしらの影響は出るはず。
なので、出走を決めてもその後は完全休養して患部の修復に努めます。
もし出走しないという判断を下した場合は、休養継続です。
ある意味本番よりも緊張するぜ。最終確認。
出走したい気持ちはとてもありますが、事実をベースに冷静に判断を下したいと思います。

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