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父の月命日。自分のこれからの生き方を考える。

日記
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先日、父の月命日だった。

先月、あっという間に亡くなってしまい、バタバタしている間に一瞬で過ぎてしまった一か月だった。

昔からザ・ハイロウズの「即死」が好きで、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、まさにあの歌の世界観。一瞬で逝くぜって感じだった。

あぁ、でも入院したし、病気で〇んだし、ベッドで〇んだし、お別れは涙だらけだったから、あの歌みたいな感じじゃなかったかな。

そんな感じで過ぎていったこの一か月。

やることも色々あって、バタバタしていたけど、そんなやりさえすれば終わることはどうでも良くて。

父の死はリアリティを持って、僕にある問いを突き付けてきた。

「人生、いつか終わるぞ。しかも、それは唐突に。」

こんなことは頭ではずっと前から理解している。

だから自分の資産関係やパスワード関係、そういったことはすべて一冊にまとめてあって、それの在処は奥さんに伝えてあるのでそういったことは困らないだろう。あとは、もう葬儀とかそういうことも書いておこうと思う(延命処置不要、食えなくなったら経管栄養も不要、直葬、無宗教、墓ナシ、「生者は死者に煩うべからず」の言葉を残して妻以外には事後報告で良いと思っている。この辺は奥さんと話し合いも必要か)。

こういうことも節目節目でアップデートしておきたい。

いや、そんなつまらない手続き的なことじゃなくて、僕の生き方の話。

僕の家系は短命だ。

特に男。ハゲは確実かつ的確に遺伝したので、短命も遺伝する可能性あり。

どうせ遺伝するなら頭の表面ではなく、脳のスペックも遺伝してほしかった件。

まぁいい。つまりは・・・遺伝なめんなということか。

父がうちの家系で初めての70代だったようだ。まだ個人事業主として仕事もしていて(亡くなる月も普通に仕事をしていた)、最高齢記録はどんどん更新していくものと思ったけど、やっぱり家系的なモノは避けられないのか。

で、僕の年齢から父が亡くなる年齢までが、あと26年。

父はまさに生涯現役だったけど、父は仕事が好きだったし、死ぬまで仕事をしていたいと言う人だったから良かったのかなと思う。

でも、僕はそういうタイプの人間ではない。

かと言って、無責任に仕事をやれる訳でもないし、何故か責任者を任されているから、今回父の危篤で駆けつけるのもありとあらゆる調整をしたり、早朝に出社したりして、どうにか家の方と仕事の方でバランスを取って葬儀前の時期は過ごした。個人商店に毛が生えたような感じの会社だから、忌引なんて仕組みはない。

一日仕事を休めた日は葬儀の日のみだった。

声高に権利を主張すれば、他の日も休めたと思うけど、そんなことをしたら現場に多大な迷惑を掛けるし、何より声高に権利を主張するのは、個人の美学に反するのでしたくない。

それくらい小さな会社で、すごく少人数の所で仕事をしている。

まぁでもこれは会社の文句とか、不満を言っている訳ではなくて、そういう所で働くという選択を僕がしたからということ。良い所もたくさんあるし、会社の人にもトータルで見れば良くしてもらっていると思う。

だけど、今回のことで思ったのは「このまま仕事をしていたら、こんな感じで大事な人が危篤になっても問答無用で駆けつけることも出来ないのか」ということだった。

もしも奥さんがそうなった時は問答無用で行く。それは決めている。

でも、本当は問答無用で行きたいと思う人は他にもいる。

かと言って、転職はない。

この年齢、このスキルでは厳しいの一言。

そして何より仕事の過労やストレスで倒れたことがある僕にとって、今の労働環境は申し分ない。ただ、休みが自由に取れないという点。これだけがネックなだけなのだから。

物事はトレードオフ。そんなことはわかっている。

現実的なことを考えると、結局生きていくのにはお金が要る。

美学だとか、大事な人だとか言ってられるのも、お金があるからだ。

お金がないとどうなるかというのも、数年前に親族の多重債務問題で目の当たりにしたので、そういった現実的なことから目を逸らすことも出来ない。

夢見がちなイタい中年であると同時に、嫌というほどお金がないとどういうことになるのかという現実を見てきた中年でもある。

ドリーマーでもありつつリアリスト。

これから、どう生きるか・・・・?

何か、やりたいことはないのか・・・・?

やりたくないことを今、やっていないか・・・・?

色々頭の中に問いが浮かんでは、消える。そしてまたふと浮かんでくる。

こう考えていくと、結構やりたいことはやっていると思う。走ることも楽しいし、本も読める。トータルで見れば人生は楽しい。

まぁただ、今回の一件で仕事に関しては「仕事をするorしない」を選べる状態に持って行きたいなとは強く思った。

どこまで行っても、仕事はしなくていいなら、したくない。

これに関してはこれまでの所ブレることがない。

だから、これに関しては仕事をしなくて済むように自分の環境を作っていきたいと思う。

つまりはFIだ。経済的自立。これを50代後半、もしくは60歳の時点で達成したい。

ここに関しては、確固たる意志を持ってやっていきたいと思う。

具体的には、インデックス投資の継続。

そして、モノを少なく、月々の生活コストを可能な限り下げる。もうこれに関しては何年も前からやっていることだけど、これも同じく継続する。

インデックス投資とミニマル生活。

この二つを継続していく。その中でFIを目指していく。FIを達成したら、仕事を続けるか、それとも辞めるか考えればいい。まずは自分で選べる状態を作る事。これが大事。出来れば50代中盤で実現したいと思う。

そして、もう一つは、これが最も大事だと思うけど経済的な事以外の「どう生きるか」。

これに関しては、その時その時で出てくるやりたいことをやれれば僕は幸せだし、現時点で大層なやりたいことというのも、ない。

今の時点で、やりたいと思う事はほぼ出来ているような気がする。

ただ、他に何か出てきた時点でトライ出来るような状況は作っておきたいと思う。

多分それの鍵がFIになってくると思う。

僕の場合は、仕事で倒れたこともあって、どうしても仕事に生きがいだとか、ずっとやっていたいという感情は今の時点では持てない。仕事は生きていく為のお金を稼ぐ為の手段という感じ。

むしろ「仕事をしないといけない」という状態から脱却したいという願望が、かなり強くあるし、今回の一件でそれをより一層強めたように思う。

人生は終わる。しかも唐突に。

この事実を胸に置きつつ、毎日を楽しんでやっていきたいと思う。

大事な人を大事にして、身軽に生きて、自分の美学を貫いて生きて、やりたいことやって、それでええじゃないか。

・・・何書いているかわからなくなってきた。

とりあえず、FIだ。

そして身軽に生きる。日々を楽しむ。なんかほとんどやってんな俺。

やってないのはFI。FIだ。FI目指そう。

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